コラム

2020.10.16

エグゼクティブ・コーチングの進化

エグゼクティブ・コーチングは、長らく「エグゼクティブである一個人を強くする」ことが目的だと考えられてきました。

「0コンマ何秒の競争にさらされているオリンピック選手のように、エグゼクティブも熾烈な競争に勝ち残る必要がある、だからコーチをつける」

エグゼクティブ・コーチングの必要性を訴えるために、こうしたメタファーが繰り返し語られてきました。アスリートにコーチがつき、その能力を最大限高めるためにコーチングをする。

特にアメリカでは、エグゼクティブオフィサーは一つのプロフェッショナルとして確立しており、彼らは自らの市場価値を上げるためにコーチをつけます。アメリカのエグゼクティブコーチの多くは、データ上「理想」と言われる能力をエグゼクティブに提示し、あなたはもっと高みに上れると発破をかけました。足りないところを発見し、より優れた人に追いつくことができれば、あなたの市場価値は高まり、更に高給を取ることができる。

しかし、こうした「個人主義的」背景を持った、伝統的なエグゼクティブ・コーチングは、アメリカにおいても急速にその価値を失いつつあるように思います。

その理由は2つあります。

世界はシンプルではなくなった

一つは、経営環境が急速に変わる中で、データ上の「理想」が適切でなくなっていること。エグゼクティブがどのような方向に向けて何の能力を高めたらよいか、過去の統計に照らし合わせて「ここですね」と言えるほど、もはや物事は単純ではありません。

それは、極端に言えば毎日変わるものであり、直線的に目的地を定められるものではない。あくまでも探索的に、何がベターなのかを探し出していくしかありません。パートナーであるコーチと対話を重ね、組織の何を変える必要があるか、自分の何を変える必要があるかを、その都度見つけ出していく。対話の中で方向性を見出していく必要があるのです。

「個人」をコーチすることは可能なのか?

もう一つの理由は、そもそも「個人」をコーチすることが可能かという問題です。 ヘンリービジネススクールのリーダーシップの教授であり、『システミック・コーチング』の著作があるピーター・フォーキンスは、最近行われた Association for Coaching の主催するカンファレンスの中で、次のように述べています。

「個人コーチングというのはそもそも存在しないのではないか。なぜならば、その個人の中には、チームの力学、組織の文化、エコロジカルの問題などが既に内在化している。我々は個人を通して組織の文化、エコロジカルな問題をコーチしている。」(※1)

エグゼクティブ「個人」をコーチするという考え方は、組織全体を機械として捉え、一つの部品の能力を最大限高めようとするようなものです。個人競技を行うスポーツアスリートは個人の能力を高めればそれでいいでしょう。その人の能力を高めることに十分価値があります。

周りをうまくいかせる

人の集まりである組織は、個人個人の主観があり、個人個人のルールがあり、それが相互作用、相互影響することによって、全体のダイナミズムを生み出している、いわば複雑系を宿した大きな生命体です。ですから、エグゼクティブを含めたすべての存在が、その生命体の中で、常に周りと関わり、関係性を更新し続ける「部分」であるという認識のもとにコーチングを進めない限り、本当の意味で、コーチングは機能しないでしょう。

周りをうまくいかせるという営みを通して、エグゼクティブはリーダーとして開発されていきます。言い方を変えれば、組織開発とリーダー開発は切り離せないものであり、同時に進行するものなのです。周りとの関係性、全体性を考慮に入れながら進めるコーチングのことを「システミック・コーチング™」といいます。

Googleの飛躍の秘密

2019年に出版され、現在も売れ続けている『1兆ドルコーチ』。「伝説のコーチ」と言われたビル・キャンベルが、いかにGoogleの経営陣をコーチしたかがそこには綴られています。

「自分の成功が他人との協力関係にかかっていることを理解している人、ギブアンドテイクを理解している人、つまり会社を第一にする人」が大事である。(※2)

これは、ビル・キャンベルのコーチングによってGoogleの経営陣が至った、人材に対する見方です。

誰か一人でやるのではない。関係性の中にGoogleの経営がある。Googleが、星の数ほどあったスタートアップ企業の中で、なぜ躍進することができたのか。さまざまな視点から語ることはできるでしょうが、組織全体を相互に作用する生命体として見ていたことが大きかったのではないか。Google関連の著作、Googleが出している論文等を読むと、強くそう思います。

我々コーチ・エィは、システミック・コーチング™こそが、変化する未来に向けて、エグゼクティブとその組織を成功に導くアプローチであると信じています。

【参考資料】
※1 "How Coaching Supervision Delivers Value Beyond the Individual" by Peter Hawkins(CEO, Renewal Associates and Professor, Henley Business School), Speech at Coaching in the Workplace: Performance. Mastery. Culture. hosted by Association of Coaching in partnership with Institute of Coaching, June 2020 (文中の訳文は著者自身の翻訳による)
※2 「一兆ドルコーチ」(ダイヤモンド社)エリック・シュミット 、ジョナサン・ローゼンバーグ 、 アラン・イーグル 他(著)櫻井 祐子 (翻訳)

Hello, Coaching! より許可を得て転載)

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