コラム

2020.08.27

【野中郁次郎氏対談】第2章 徹底的な対話による「知的コンバット」なくして、イノベーションは生まれない

2020年最初の対談記事は、一橋大学名誉教授の野中郁次郎先生と、株式会社コーチ・エィ代表取締役社長の鈴木義幸をお届けします。

野中郁次郎先生は経営学者として「知識創造理論」を世界に広め、『失敗の本質』『知識創造企業』『直観の経営』など数々の著書を上梓されています。また、2008年には米ウォール・ストリート・ジャーナル紙の「The Most Influential Business Thinkers(最も影響力のあるビジネス思索家トップ20)」にアジアから唯一選出されました。

組織の成長を目指す上で、「対話」はどれほど重要な役割を果たすのか――。また、どのようなコミュニケーションが、組織の中で「知」を生み出すのか――。人との「関わり」を重視し、個人と周囲の関係性にアプローチするコーチ・エィ社長の鈴木義幸が、「対話」の重要性を軸に、さまざまな視点から野中先生にお話を伺いました。

「知的コンバット」の基本単位は二人

鈴木 日本人は、主体と客体をあいまいにした「共感」を内包しつつ、数々のイノベーションを生み出し、高度経済成長を果たしてきました。ところが昨今、あまりにもアメリカをはじめとする海外の「知」に過剰適応しすぎて、コミュニケーションの原点ともいえる「共感」する力が薄れてきているということですね。私自身も、いろいろな企業の方々とお付き合いをさせていただく中で、確かに日本全体にエンパシーが薄れてきていると感じる場面が多くあります。我々がもう一度それを取り戻し、SECIモデルでいう「共同化」を社内に生み出すためには、どのように推進していくのが良いのでしょうか。

野中 我々一人ひとりが、それぞれの「暗黙知」で世界を見ています。そして、それぞれの主観と主観とを徹底的にぶつけ合う「知的コンバット」をすることで、「共同化」を生み出していきます。

鈴木 「知的コンバット」に最適な人数などはありますか。

野中 全身全霊で向き合うためには二人、ペアであることが最適です。同時に、双方の目線が上向きや下向きではなく、真っ当に向き合っていることが大事です。それでもそう簡単にはコンセプトは出てきません。「知的コンバット」を何度も繰り返す必要があります。双方が感じた異なる直観を、真剣勝負で何度もぶつけ合いながら、ようやく「こうとしかいえないよね」というコンセプトにつながっていくという感じです。この「共同化」のプロセスがない限り、組織で「知」を生み出す、イノベーションが起こるということはあり得ません。

鈴木 「暗黙知」が、コンセプトなどの「形式知」へと変換されていく「表出化」のステージにおいて、「共感」や「共体験」をもとに「知的コンバット」をすることが、イノベーションを生み出すための神髄のプロセスということですね。

野中 同じ場を共有するメンバーが、相互に他者の主観と全人的に向き合い、「共感」し合う「相互主観」の関係構築が大切ということです。そしてこの相互主観は、全身全霊、無我無心の創造的活動をすることで、実現できるんです。

鈴木 私自身の体験に照らし合わせても、「相互主観」の大切さはとてもよく理解できます。社内におけるミーティングの際も、それぞれの考えてきたことをお互いに伝えあい、意見交換をしていくなかで、新しいアイデアや合意が生まれてくるプロセスは何度も経験しています。ソーシャル・ブレインという言い方がありますが、そういうときは自分の脳が拡張し、より豊かなアイデアがそこに生まれるのを感じます。一人で考えることも重要ですが、「相互主観」を共有するプロセスを経ると、その場に参加していたメンバー間に深い同意がうまれ、明らかにそのあとの行動のスピードが異なることを実感します。

野中 そうですね。ただこの「相互主観」には、自らを客観視する意識的努力が必要ですし、そういう努力を日々怠らず、自己錬磨していないと、徹底的な真剣勝負の「知的コンバット」をしようという境地にはなれませんよね。毎日ですと疲れてしまいますからね(笑)。だから、時に、徹底的に真剣勝負の「知的コンバット」をすることがポイントです。

鈴木 例えばこれからの時代、AIなど科学技術をさらに発展し、高度な分析や演算処理をかけ合わせることでなんらかの創造が起きるのでは?と考える人も出てくると思うのですが、人間の直観や主観が絡み合うときに生まれるものの方が、はるかに力を持つとお考えでしょうか?

野中 僕はそう思いますよ。現象学の学者・フッサールは、第一次世界大戦後の科学万能主義の勃興の中で、「世の中の全世界観がサイエンスで規定されようとしているが、それは違う。経験こそが基盤なんだ。サイエンスのもたらす繁栄に眩惑されているだけだ」と言い、「日常の数学化」に警鐘を鳴らしました。例えば、窓越しの景色を見えているわれわれには、活き活きとした質感や美意識も含めた五感など、一期一会の自分だけの世界の体験があり、それこそが経験の質であるのに対し、サイエンスでは、「窓のそこに光が当たり、可視光線が脳に云々......」と一切合切を数値やデータで表して、いつでも誰でも理解できる客観で説明しようとします。数字やデータには何の意味もありません。人間というのは本質的に、意味づけや価値づけを求めたがるものです。創造性の源泉となる意味づけや価値づけは人間の主観から生まれるのだから、もとの経験の質から来る世界を大切にしないといけないのです。そしてこの意味づけや価値づけというのは、人と人との関係性のぶつかり合いでしか出てきません。一人ひとりの主観をぶつけ合い、「共感」を生み出す「知的コンバット」を通じて、本当の意味が作られていくんです。SECIモデルを一周回すだけでは真理に到達できないかもしれませんが、回し続けることで、ワンラウンドごとに「知」の拡大再生産が起こるんです。デカルトのように、初めに分析ありきというモデルではないんですよ。

「共同化」から始めるということは「共感」から始めるということ

鈴木 企業の中でも、SECIモデルに沿った活動ができている会社とそうでない会社があると思います。その大きな違いはどこからくるのでしょう?

野中 SECIモデルを最初に採用した会社はエーザイです。エーザイの内藤さん(内藤晴夫代表執行役)が、SECIを実践するにはどうしたらよいのか?と、我々と勉強会などをしながら取り組まれました。エーザイは、ヒューマン・ヘルスケアというのを企業理念に掲げ、ヘルスケアの主役は患者さんとそのご家族、生活者だと言っています。ヒューマン・ヘルスケアという言葉そのものは、ナイチンゲールが最初に言った言葉でもあるのですが、それを「hhc」と小文字で表してエーザイの定款にも入れ込んでいます。エーザイが何をやったかというと、まずいわゆる「知創部」という部署を作りました。社内での「知」の創造を促進する部署です。エーザイは、カルチャーを変え、「hhc」というビジョンを実現するために「hhc活動」を始めました。世界中の社員が就業時間の1%を患者さんと共に過ごし、共体験をしなさい、と。エーザイは、「アリセプト®」でも知られるように認知症治療薬の開発に注力していますが、高齢者が多くいる病院での病棟実習を行っています。病棟に赴き、認知症患者さんやそのご家族に触れ合うんです。記憶の中でも特に短期記憶が失われる認知症患者の方からは、どのように世界が見えているのか。それを理解するには、その場に行って自らが共に感じなければならない、と。そして時間をかけて、患者さんやご家族と共に喜怒哀楽を経験することで、言葉になっていない「暗黙知」を理解します。時に、患者さんの死に直面することもありますが、その時は、ご家族の悲しみ・感覚も、共に体感する。そうすることで、真のニーズは何かと、経験から仮説を立て、形にしていかれました。

鈴木 まさに「共感」から始めていかれたんですね。

野中 そうですね。同じ「場」を共有し、「共感」、すなわち「共同化」から始められました。「SECIの一番のキーポイントは共同化だ」と最初に言ったのは、モデルを作った僕らではなく、内藤さんでした。

Hello, Coaching! より許可を得て転載)

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